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大分地方裁判所 平成3年(ワ)505号 判決

原告

小谷修士

ほか二名

被告

本田技研工業株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告小谷修士に対し、金二五三万五五八八円及び内金二三〇万五〇八〇円に対する平成二年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告二宮馬治、同二宮サチ子各自に対し、金二二〇〇万円及び内金二〇〇〇万円に対する昭和六三年三月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告小谷修士(以下「原告小谷」という。)及び亡二宮友和(以下「亡友和」という。)が、いずれも被告が製造した普通乗用自動車を運転していたところ、右各自動車の運転中に原告小谷が負傷し、亡友和が死亡した事故について、被告に右各自動車の製造、販売についての過失があったため、右各事故が発生したものであるとして、原告小谷、原告二宮馬治及び同二宮サチ子(亡友和の相続人である父母)が被告に対し、不法行為に基く損害賠償及び不法行為の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実

1  原告小谷の運転車両と事故の発生

(一) 原告小谷は、被告が製造した別紙車両目録一記載の車両(オートマチック車。以下「本件車両〈1〉」という。)を被告系列の販売店から買い、昭和六三年四月二五日に右車両の引渡しを受けて、これを運行の用に供していた(争いのない事実、甲第二号証の4、弁論の全趣旨)。

(二) 原告小谷は、平成二年七月二四日午前一〇時三〇分ころ、宮崎県延岡市幸町所在の延岡グリーンホテル一階駐車場において、別紙図面一の〈A〉記載の位置に駐車してあった本件車両〈1〉の後部座席に荷物を積み込む際、同車右横の駐車車両を避けてから後部座席のドアを開けようとして、本件車両〈1〉に乗車してエンジンを始動させ、一メートル位前進させようとしたところ、突然同車両が急発進し、同図面記載のとおりの走行経路で約一一メートル走行し、前記駐車場の壁面の柱に車体前部を衝突させた(以下「本件事故〈1〉」という。)(甲第一二号証、乙第一号証、原告小谷本人)。

原告小谷は、本件事故〈1〉により、頭部打撲、頸椎捻挫、左前胸部打撲、両手関節捻挫、両膝打撲の傷害を負った(甲第四号証、原告小谷本人)。

2  亡友和の運転車両と事故の発生

(一) 亡友和は、被告が製造、販売し、自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)の取り付けられていた別紙車両目録二記載の車両(オートマチック車。以下「本件車両〈2〉」という。)を所有し、これを運行の用に供していた(争いのない事実、弁論の全趣旨)。

(二) 亡友和は、昭和六三年三月六日午後五時三〇分ころ、本件車両〈2〉を運転して、福岡県田川郡添田町大字野田一六二九番地先付近の県道八女香春線上を英彦山方面から大任町方面に向けて走行中であったところ、同車両が道路右側外に逸脱し、道路右下の河原に転落して別紙図面二記載の通称「とんとん橋」の橋桁に衝突した(以下「本件事故〈2〉」という。)(争いのない事実、甲第一六号証の1、2、第一九号証)。

亡友和は、本件事故〈2〉の際、車外に放り出され、同橋から一〇メートル北に離れた河原に転落して全身を強打し、脳挫傷により即死した(甲第一六号証の1、第一九号証、第三二及び第三三号証の各1、2)。

二  中心的争点

本件事故〈1〉、同〈2〉の発生原因及び各事故についての被告の過失の有無

1  原告らの主張

(一) 本件事故〈1〉は、本件車両〈1〉のアクセルリンケージの干渉又は摺動抵抗等によってアクセルペダルが戻り不良になり、エンジンの回転数が異常に上昇したために発生したものである。

また本件事故〈1〉については、仮に本件車両〈1〉の急発進が原告小谷のブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いによるものだとしても、このような暴走事故を防止するためには、ブレーキペダルを踏んでいなければセレクトレバーがドライブに入らないシステムを採用すれば足り、かつ本件車両〈1〉が製造され、原告に販売された昭和六三年四月において右システムを採用することが技術的に容易であったのに、これを採用しなかった点において、本件車両〈1〉には構造上の欠陥があり、被告には右欠陥を有する同車両を製造・販売した過失がある。

(二) 本件事故〈2〉については、本件車両〈2〉に取り付けられていた自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)には、電磁波が作用して異常な暴走が起きるという構造上の欠陥又は故障があったところ、事故現場から約四〇〇メートル離れた三叉路付近に所在する運送会社が保有する無線ポール、ダンブカーのCB無線による電磁波の影響で、右装置に異常が発生し、エンジンの回転数が異常に上昇して本件車両〈2〉が暴走を始めたものである。

亡友和は、本件車両〈2〉の異常な暴走という事態に直面し、これを制動しようとしてブレーキを踏んだところ、同車両に搭載されていたALB(アンチロックブレーキシステム)も故障していたため後輪がロックされてしまい、更には同車両に搭載されていた4WS(四輪操舵装置)が走行速度と無関係に後輪を転蛇させる方式のものであったために、亡友和のハンドル操作を誤らせて同車両のコントロールを失わせたか、あるいは、4WSが故障していたため、同車両を道路から逸脱させる事故を発生させたものである。

さらに、本件車両〈2〉のドアも通常備えるべき性能を欠いていたため、同車両の河原への転落後走行中に運転席側のドアが開き、亡友和が車外に投げ出されたものである。

(三) 被告は、(1) アクセルリンケージ及び自動定速走行装置の設計製造に当たり、運転者の生命・身体に危険が生ずることがないよう最大限の注意を払う義務があったのにこれを怠って、構造上の欠陥を有する右各装置を本件車両〈1〉、同〈2〉に設置して販売した点、(2) 本件車両〈1〉、同〈2〉と同車種のオートマチック車について暴走事故の報告が全国で相次いでいたにもかかわらず、右各車両を販売した点で過失があり、また、(3) 本件車両〈2〉のALB、4WS、ドア等について、車両が暴走した際、運転者を防護する設計上の配慮を怠ったため被害を拡大させた点で過失がある。

2  被告の主張

(一) 原告らの主張(一)の事実は否認する。本件事故〈1〉は、原告小谷のアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いによって発生したものである。

(二) 原告らの主張(二)の事実は否認する。本件事故〈2〉は、自動定速走行装置とは全く無関係の極めて無謀な高速走行中の操縦ミスによって発生したものである。

(三) 原告らの主張(三)は争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故〈1〉について

1  前記前提となる事実1の(二)に、証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故〈1〉の際、原告小谷は、運転席に乗り込み、エンジンスイッチにエンジンキーを差し込んだ後、二、三回アクセルペダルを右足で踏み込んでから、エンジンキーを回してエンジンを始動させた。

この時、本件車両〈1〉のシフトレバーはパーキングの位置にあった(原告小谷本人)。

(二) エンジン始動の後、原告小谷は電話をかけるために、二、三分間本件車両〈1〉から離れていた(乙第五号証、証人中島義信)。

原告小谷は、本件車両〈1〉の運転席に戻り、オートマチック車のクリープ現象(シフトレバーをドライブに入れるだけで車が徐々に前進する現象)を防ぐ目的で、ブレーキペダルと考えたペダルを踏んだ上、サイドブレーキを解除した後、シフトレバーをパーキングからドライブの位置に入れたが、その瞬間、大きなエンジン音があがると同時に、本件車両〈1〉が前方に急発進した(原告小谷本人)。

なお、エンジン始動後、シフトレバーをパーキングに入れている間、本件車両〈1〉のエンジン音に異常はなかった(乙第五号証、証人中島義信、原告小谷本人)。

(三) 原告小谷は、本件車両〈1〉が急発進したので、とっさにブレーキをかけようとして右足を強く踏み込んだが、同車両はむしろ加速して走行し始め、同原告が右前方の駐車車両を避けようとしてハンドルを左に切ったため、別紙図面一のとおりの走行経路で、前方壁面の柱に同車両の前部が衝突した(原告小谷本人)。

(四) なお、原告小谷は本件事故〈1〉の際、荷物積込みのために本件車両〈1〉を少しだけ前に出そうとしていたので、シートベルトを装着していなかった(原告小谷本人)。

(五) 本件事故〈1〉の発生の翌日の平成二年七月二五日、被告の大分営業所から連絡を受けた同社テクニカルセンター熊本のサービスエンジニアが延岡グリーンホテルに赴き、事故発生現場及び本件車両〈1〉の調査を行ったが、その調査結果は以下のとおりである(乙第一、第五、第一四号証、証人中島義信、原告小谷本人、弁論の全趣旨)。

(1) 事故発生現場の駐車場には、別紙図面一記載のとおり、本件車両〈1〉が停止していた区画の壁から約三・九五メートルの位置に、約五〇センチメートル、約三五センチメートルの二本のスリップ痕があり、衝突地点手前に約三五センチメートル、約一五センチメートルの二本のスリップ痕があったが、その間隔がいずれも本件車両〈1〉の前輪の輪距と一致することから、同車両の前輪によるスリップ痕と判断された。

右の各スリップ痕以外に、本件車両の走行経路上においてタイヤによるスリップ痕、ブレーキ痕等は確認されなかった。

(2) 本件車両〈1〉の調査は、原告小谷本人立会いの下に行われたところ、同車両の前部が凹損しており、ボンネット内のラジエーター部分がエンジン側に押し込まれていたため、同部分にワイヤークランプで取り付けられていたスロットルワイヤーがW字型に変形していた(スロットルワイヤーの正規の形状、位置は別紙図面三のとおりである。)。

そこで、本件車両〈1〉のエンジンを始動させたところ、始動直後には四〇〇〇回転位まで吹き上がったが、スロットルワイヤーをワイヤークランプから取り外して正規の位置近くに戻したところ、エンジン回転数は二九〇〇ないし三〇〇〇回転位まで下がった(なお、本件車両〈1〉の原動機の形式のファーストアイドルの規定回転数は二三〇〇ないし二八〇〇回転である(乙第一〇号証、証人中島義信))。

また、右フロントサイドフレームが衝突により後方に押し込まれ、アクセルペダル取付部が変形したため、スロットルワイヤーの遊びがない状態であった。

(六) 本件車両〈1〉は、前記調査後、原告小谷が被告による調査を拒んで自ら保管していたが(原告小谷本人)、車両の各部の状況は以下のとおりである(甲第二五、第四一号証、乙第一五、第一六、第一九号証、本件車両〈1〉の検証の結果、証人小笠原武仁、原告小谷本人)。

(1) 前記のとおり、本件事故〈1〉によってスロットルワイヤーがW字型に変形し、またアクセルペダルの取付部の変形が生じ、そのためスロットルバルブが開方向に引っ張られた状態に留まっていた。

自動車は、エンジンを停止させた状況で始動操作をした段階では、外気の温度に従って、スロットルバルブの開き具合を調節するファーストアイドルカムが四段階のカムのいずれかでかみ合っていなければならない構造になっているが、本件車両〈1〉の場合、スロットルワイヤーが右のとおり引っ張られた状況にあるため、カムが四段階の最高段の更に上で留まっており、スロットルバルブが開いたままの状態になっていた。

前記のとおりW字型に変形したスロットルワイヤーを正規のU字型に戻すと、スロットルバルブが閉じる方向に動くことが確認された。

また、右のとおりスロットルワイヤーがW字型に変形していたため、スロットルバルブを直接開閉するインナーワイヤーによって、スロットルストップスクリューが引っ張られ、正規の位置よりもキャブレターストッパーから離れた状態にあったが、キャブレターストッパーにはスロットルストップスクリューが当たった圧痕が確認された。

(2) 本件車両〈1〉のエアクリーナーケースの内部にはプラスチック製の破片があった。

エアクリーナーから吸入された外気は、燃料と空気の混合気を作るため、エアクリーナー内部からスロットルバルブを通ってエンジンの燃焼室に送られるが、その際、外気のごみ等の異物の吸入を防ぐため、エアクリーナーケース内にエアクリーナーエレメント(紙製の濾過装置)が装着されているところ、右破片はエアクリーナーエレメントの外側(外気吸入口側)にあり、これがエアクリーナー内部を通った形跡はない。

(3) 本件車両〈1〉の運転席の計器盤下プラスチックボードのハンドル取付部右脇と左脇には、それぞれ本件事故〈1〉発生時に原告小谷の右膝と左膝が当たってできた破損がある。

(七) 本件車両〈1〉にはシフトロック装置(ブレーキペダルを踏んでいなければ、シフトレバーをパーキングから他の位置に操作することができないようにして、運転手の誤操作による急発進等を防止する装置)が装着されていなかった(原告小谷本人、証人小笠原)。

(八) オートマチック車については、昭和五八年ころから、運転者の意図に反して急発進、急加速等が起こり、事故に至ったなどの苦情、事故の件数が増加傾向を示しており、このようないわゆるオートマチック車の急発進問題の実態把握と原因究明のため、運輸省交通安全公害研究所において、昭和六二年七月から試験調査が実施され、平成元年四月、同研究所作成の「オートマチック車の急発進・急加速に関する試験調査報告書」(以下「運輸省報告書」という。)が公表された(甲第二三号証、第三八号証の1、2)。

運輸省報告書においては、オートマチック車について故障、不具合等によるエンジン回転数の上昇があっても、ブレーキ機能の失陥はなく、ブレーキを強く踏むことにより車両を停止し得ること、ただ狭隘な場所で運転者のブレーキ操作の遅れがある場合には、衝突に至る可能性があり、このような事故を防止する方策の一つとして、発進時のシフト操作の際にブレーキペダルの踏込みを徹底する必要があることなどが報告されている(甲第二三号証、第三八号証の1)。

また、社団法人日本自動車工業会も運輸省の要請により、昭和六二年六月からオートマチック車の急発進・急加速問題の原因究明、対策に関する調査研究を実施し、平成二年一月、「オートマチック車の急発進・急加速に関する調査研究結果報告書」(以下「自動車工業会報告書」という。)を公表したが、同報告書によれば、昭和五八年一月から平成元年三月までに報告されたオートマチック車の急発進・急加速に関する苦情・事故事例一一六七件のうちの九〇四件は、運転者の自己申告や発生状況から、運転者がブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたことが原因で発生したと考えられるものであった(甲第二四号証)。

そこで、このようなペダルの踏み間違いによる急発進事故を防止する対策として、自動車業界においては、オートマチック車へのシフトロック装置の搭載を昭和六二年ころから検討し、昭和六三年ころから実施するようになり、自動車工業会報告書を公表した平成二年一月の時点では、ほとんどの乗用車に装着を完了していた(甲第二三、第二四号証、第三八号証の1、第三九号証)。

2  以上認定した事実によれば、本件事故〈1〉の原因については、以下のとおり認められる。

(一) 事故後に変形した本件車両〈1〉のスロットルワイヤーを正規の位置近くに戻しただけで、スロットルバルブが閉じる方向に動き、またエンジン回転数が二九〇〇ないし三〇〇〇回転まで下がったことから、スロットルワイヤーには固着、引っかかりもなく正常に作動していたことが推認され、またキャブレターストッパーにスロットルストップスクリューが当たった圧痕があったことから、事故前はスロットルバルブが正常な位置にあって開閉作動していたことが推認される(乙第一五号証、証人小笠原武仁)。

右認定したところに加えて、前記認定のとおり、本件車両〈1〉のエンジン始動後発進まではエンジン音に異常がなかったこと、原告小谷が本件車両〈1〉のシフトレバーを操作して発進しようとした際に大きなエンジン音が上がったこと、同車両の急発進に際し、原告小谷がブレーキを踏もうとして右足を強く踏み込んだところかえって加速したこと、発進地点と衝突地点にスリップ痕が存在し、それ以外の走行経路上にはブレーキ痕等のタイヤ痕がなかったこと、本件車両〈1〉がシフトロック装置付きの車両でなかったことなどを総合すると、本件事故〈1〉の際に本件車両〈1〉のエンジンが異常な高回転数を示したことは認められるが、その原因として、スロットルワイヤー、スロットルバルブ等のアクセルリンケージ系の干渉、摺動抵抗等により、エンジン始動の際に踏み込んだアクセルペダルや開いたスロットルバルブが戻り不良となったことまでを推認することはできず、むしろ、原告小谷がブレーキと間違えてアクセルを踏み込んだため、シフトチェンジでシフトレバーがニュートラルに入った時点でエンジンの回転数が一気に上昇し(ドライブに入れた時点では、エンジンに負荷が生じるため、エンジンの回転数は落ちる(乙第一五号証、証人小笠原武仁)。)、そのままシフトレバーがドライブに入った時点で車両が急発進し、同原告が慌てて更にブレーキと間違えてアクセルを強く踏み込んだ結果、本件事故〈1〉が発生したものと推認するのが相当である。

(二) 原告らは、前記認定の計器盤下のプラスチックボードのハンドル取付部右脇の破損状況から、原告小谷がブレーキペダルに右足を乗せていたことが明らかである旨主張し、また原告小谷本人は、本件車両〈1〉の急発進時には、右足でブレーキを踏んでいたにもかかわらず、シフトレバーをドライブに入れた瞬間に車両が飛び出し、ブレーキペダルを強く踏み込んだが減速しなかった旨供述する。

しかし、自動車の特性として、エンジンの駆動力よりもブレーキの制動力の方が強く設定されており、エンジン回転数の上昇があったとしても、ブレーキを強く踏むことにより車両を停止し得ること(前記1の(八)認定の事実、甲第三八号証の1、乙第一五号証)及び前記(一)掲記の事実関係に照らし、原告小谷本人の右供述の合理性には疑問があり、これを採用することはできない。

そして、プラスチックボードの破損状況についても、原告小谷が本件事故〈1〉発生時にシートベルトを着用しておらず、事故時の腰の位置が定まっていないこと(証人小笠原武仁)からすると、原告らが主張するょうに、アクセルペダルを踏んでいれば右破損部に右膝が当たることはないとまでは必ずしも断定できず(甲第二五号証でもって右主張を認めるには十分でない。)、右破損状況でもって、前記認定を左右することはできない。

(三) また、証人高岡章雄は、本件車両〈1〉が事故後、W字型になっていたスロットルワイヤーをU字型に戻しても二九〇〇から三〇〇〇回転と、ファーストアイドルの規定回転数を上回っており、これはスロットルワイヤーに引っかかりがあったことが原因と考えられる旨証言するが、前記認定した事実及び証人小笠原武仁の証言によれば、規定回転数を上回った分は衝突によるアクセルペダル取付部の変形等に起因するものであることが認められることに照らし、採用することができない。

また、同証人は、本件車両〈1〉のエアクリーナーケース内のエアクリーナーエレメント外側にプラスチック片が入っていたことから、同車両の組立て、整備等の段階でエレメントの内側に同様の異物が入っていた可能性を指摘するが、前記認定した事実に照らし、採用することができない。

3  前記のとおり、本件事故〈1〉の原因は原告小谷のブレーキペダルとアクセルペダルの踏み間違いにあることが推認されるところ、原告らは、本件車両〈1〉の製造・販売時である昭和六三年四月において、このような暴走事故を防止するシステムであるシフトロック装置を採用することは技術的に容易であったのに、これを採用しなかった点において、本件車両〈1〉には構造上の欠陥があった旨主張する。

しかし、前提となる事実1の(一)、前記1の(八)認定の事実に甲第三九号証、証人小笠原武仁の証言を総合すると、被告が本件車両〈1〉を製造して販売し、原告小谷がその引渡しを受けた昭和六三年四月ころは、未だ自動車業界がオートマチック車へのシフトロック装置の搭載の実施に着手して間もない時期であり、同装置がオートマチック車におけるアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いによる急発進事故の防止に有効であることは、一部で報道されていたものの、運輸省報告書や自動車工業会報告書等において同装置の有効性について正式な報告が公表されるよりも前の段階であったことが認められる。

右認定したところによれば、昭和六三年四月ころは、オートマチック車のシフトロック装置が未だ一般的に普及する段階にまでは至っていたとはいえず、本件車両〈1〉にシフトロック装置が搭載されていなかったことの一事をもって、同車両がオートマチック車として、その性能、設備などの点において、社会通念上当然に有すべき安全性を欠いていたということはできない。

この点について、証人高岡章雄は、アウディ、ベンツ等外国産の車両の一部では一九七〇年代の後半ないし一九八〇年代の前半ころからシフトロック装置と同様の装置が搭載されていた旨証言するが、仮にそうであったとしても、右の時期から本件事故〈1〉の時期にかけて、国産車、外国産車を通じて、シフトロック装置が一般的に普及していたことを認めるには足りない。

したがって、本件車両〈1〉へのシフトロック装置の不搭載をもって、同車両に構造上の欠陥があったとか、本件事故〈1〉について被告に製造、販売上の過失があったなどと認めることはできない。

4  以上によれば、本件事故〈1〉に関する原告らの主張は理由がない。

二  本件事故〈2〉について

1  前記前提となる事実2の(二)に、証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故〈2〉発生直後の昭和六三年三月六日に行われた司法警察員による実況見分の結果(以下「本件実況見分の結果」という。)によれば、道路逸脱地点の約七五メートル手前の緩やかなカーブのセンターライン沿いに、本件車両〈2〉によって刻印された長さ約二二メートルの一条のコーナリング痕(別紙図面二に「一条痕」と記載されたもの)が存在した(甲第一六号証の1、2、乙第一六号証、弁論の全趣旨)。

右コーナリング痕の曲率半径は約二〇〇メートルであるところ、事故現場の道路が舖装道路であり、摩擦係数が〇・六であることから、本件車両〈2〉の右地点での限界走行速度は時速約一二〇キロメートルである(乙第一一号証の3、第一五号証、本件事故〈2〉現場付近の検証の結果、証人小笠原武仁)。

なお、被告の調査の結果によれば、曲率半径二〇〇メートルのカーブで時速一二〇キロメートル以下で走行してもコーナリング痕は付かなかった(証人小笠原武仁)。

(二) また、本件実況見分の結果によれば、別紙図面二記載のとおり、長短二条のタイヤ痕があるところ、二条痕の間隔が車両の進行方向に沿って約一メートルから約二メートルへと徐々に広がりながら刻されていること、タイヤ痕が連続して路面に刻されていることなどから、本件車両〈2〉が時計回りにスピンしながら横滑りしたために、長い方が左の後輪で、短い方が左の前輪で刻されたものであると認められる(甲第一六号証の2、乙第一五号証、証人小笠原武仁、同高岡章雄)。

(三) 次に、別紙図面二記載の〈13〉付近には、駐車禁止の標識が設置されていたが、本件事故〈2〉の際に、本件車両〈2〉の左後輪付近の左側面と衝突してなぎ倒され、ほぼ同時に根元のコンクリート基礎から抜け落ち、ポール部分がコの字型に変形した(甲第一六号証の1、2、第一八号証、乙第一五号証、本件事故〈2〉現場付近の検証の結果、証人小笠原武仁、同高岡章雄)。

(四) 本件実況見分の結果によれば、本件車両〈2〉は、別紙図面二記載のとおり、県道を逸脱した地点から北方に約三五メートル離れた広畑橋梁(通称「とんとん橋」)の橋板の西端から約九メートル離れた二基目の橋脚(直径三〇センチメートル、高さ約一・五メートル)付近において、右橋脚方向に車両後部を、南西方向に車両前部を向け、一基目の橋脚(高さ約一・二七メートル)と二基目の橋脚の間の橋板の下にもぐり込むような姿勢で停止しており(なお、本件車両の高さは一・二九五メートルである。)、亡友和は、停止した本件車両〈2〉から約一一メートル北東の彦山川の河原上に転落していた(甲第一六号証の1、2、第三〇号証、乙第一三号証の5、7、本件事故〈2〉現場付近の検証の結果、弁論の全趣旨)。

(五) 本件事故〈2〉の発生現場からおよそ四〇〇メートル南方には、別紙図面四記載のとおり、中元寺方面から日田彦山線の鉄道踏切を越えてすぐに県道八女香春線に通じるT字路があり、右踏切のそばに同図面のとおり大光運輸有限会社(以下「大光運輸」という。)の建物と同社の駐車場があったが、同社の建物のそばにはダンプカーのCB無線用アンテナのポールが設置されている(甲第一八号証、乙第一三号証の3、本件事故〈2〉現場付近の検証の結果、弁論の全趣旨)。

右CB無線の最大出力は六・〇Wである(甲第三五号証、第三六号証の1ないし3)。

ところで、自動定速走行装置等の車載電子機器については、外部電磁波による誤作動の危険性が一部で指摘されていたところ、昭和六二年七月から二年間にわたり、運輸省交通安全公害研究所が専門家の指導、助言のもとに行った試験調査では、車両が使用中に受ける通常の電磁雑音環境(最大一〇〇V/m以下)では十分な性能を保持し、車両を急発進、急加速させるようなエンジン回転数の上昇は発生せず、ただ通常では起こり得ない温湿度の過酷な条件下で通電状態での連続運転試験を行うと、外部電磁雑音等の影響を受け易くなるものも認められた(甲第三八号証の1)。

(六) 本件事故〈2〉発生後、本件車両〈2〉の調査が昭和六三年四月二一日、同年五月二〇日、同年七月七日の三回にわたり、添田警察署と九州運輸局福岡陸運支局筑豊自動車検査登録事務所(以下「陸事」という。)が中心となって行われたが、調査の経過は以下のとおりである(乙第二、第三、第一五号証、証人小笠原武仁)。

(1) 第一回目の調査は、陸事の検査官、添田警察署の事故係警察官、被告の技術者らが立ち会って、制動(ブレーキ)関係と操縦(ステアリング)関係を中心に、主に外観から判る調査を実施した。

制動関係については、マスターシリンダー取付部が事故のため破損し、ブレーキオイルが少量しか残存していなかったものの、各配管のブレーキオイル漏れはなく、ブレーキパットの摩耗状態を計測したところ、正常な状態であった。

操縦関係については、事故の衝撃でパワーステアリングオイルタンクのキャップがはずれてオイル量が僅かであったこと、ステアリングシャフトがステアリングホイール付け根部分から曲がっていたことが認められたが、パワーステアリングのホース関係各部からのオイル漏れは外観からは認められなかった。

また、本件車両〈2〉はリコール対象車になっていたが、リコール対象箇所のパワーステアリング用高圧ホースの継手口金部分からのオイル漏れもなかった。

(2) 第二回目の調査は、陸事の検査官、添田警察署警察官、原告二宮馬治、被告の技術者らが立ち会い、ブレーキとステアリング関係を中心に本件車両〈2〉を分解して調査が行われた。

制動装置については、各部からのブレーキオイルの漏れはなく、またピストン等の固着の徴候もなかった。

操縦装置についても、パワーステアリングのサクションホースが事故の衝撃でオイル漏れを起こしていた以外にオイル漏れはなく、各締付部のゆるみも認められず、ステアリングホイール付根部分のステアリングシャフトの曲がりがあってもハンドルの回転はスムーズであった。

懸架(サスペンション)装置については、各締付部にゆるみはなく、ダンパーにも問題はなく、車体がぶれたりして蛇行が生じるような原因は認められなかった。

(3) 第三回目の調査は、陸事の検査官、添田警察署警察官、原告二宮馬治、被告の技術者らが立ち会い、アクセル関係、自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)関係について調査が行われた。

アクセル関係については、スロットルワイヤーは正常かつ適切な遊びがあり、スロットルバルブも正常でかつ全閉状態になっていること、キャブレターのリンクは作動も戻りもスムーズで異物噛み等の不具合が認められず、アクセルペダルとキャブレターのリターンスプリングは損傷がなく、戻し方向に作用していることが確認された。

自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)関係のうち、オートクルーズアクチュエーターは事故の影響で負圧室が破損していたが、全閉状態になっており、アクチュエーターワイヤーのステイも事故の影響で曲がっていたが、ワイヤー自体の動きはスムーズであり、また前記のとおりスロットルバルブも全閉になっていたことから、オートクルーズアクチュエーター自体に作動不良などの不具合はないと判断された。

さらに、自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)関係のその他の破損していない部品を同型車のプレリュードに取り付けて、時速三〇キロメートル、四〇キロメートル、五〇キロメートル、六〇キロメートルで走行試験を実施し、自動定速走行装置(オートクルーズコントロール)の各機能が正常に作動するかどうかを確認した。走行経路は、大光運輸の建物等よりも英彦山側の所から県道八女香春線を大任町方面に向けて「とんとん橋」の先の地点までであり、原告二宮馬治も同乗して右経路を走行した。右走行試験の結果、セット機能、ブレーキ時のキャンセル機能等を含めていずれも正常に作動することが確認された。

(七) 前記(六)のほか、本件車両〈2〉の破損状況は、概ね以下のとおりである(甲第一八、第三七号証、乙第二、第一五、第一六、第一八、第二一号証、本件車両〈2〉等の検証の結果、証人小笠原武仁、同高岡章雄)。

(1) 本件車両〈2〉の前部は、事故の衝撃により右前部が大破し、左前部も破損し、フロントバンパーが脱落し、ボンネット、車両前部の下部に取り付けられたフロントビーム、フロントバンパービーム及びその周辺部位が右下からめくれ上がるような形で変形しており、フロントビームは同型車のものと比較して、右側が上方に二二・二センチメートル、前方に一・三センチメートル、左側が上方に七七センチメートル、後方に一二・二センチメートル変形していた。

(2) 車両の左リアフェンダーは前記のとおり駐車禁止標識のポールとの衝突のためへこんでおり、また後部窓のモール左下角部分に右衝突の際に剥がれたポールの白色塗料が付着していた。

また、車両の後部左寄り部分のリアパネル下部からリアバンパー上部に至る範囲において、直径三〇センチメートルの円筒形状の物に衝突して形成されたへこみがあり、そのへこみのほぼ上のトランク部分も押し込まれて変形している。

(3) 運転席側ドア中央部分にも全体的に緩やかなへこみがあり、運転席側窓ガラスは完全に割れていた。

また、運転席側ドアは、外側のアウターハンドルを引いても開かず、また内部はロッドが止め金から外れ、ドアチェッカーのピンが欠落し、更にドアロックとストライカーが平行でなく芯ずれを起こしていたため、事故後の開閉による衝撃からねじが緩み、ねじを外す際のトルクが助手席側ドアに比べて低かったが、ドアのロッド、ラッチ自体に変形はなかったし、ドアのラッチが閉じた状態ではドアロックのロッドは全く動かなかった。

(4) シートベルト及びシートベルトのインナーバックルには引っ張られて衝撃を受けた形跡はなかった。

(5) ハンドル(ステアリングホイール)自体に変形はないが、ハンドルのシャフト部分は斜めに曲がっている。

(6) 車両下面には、アンダーコートと呼ばれる防音のための塗装がなされていたが、擦り傷等の痕跡はなく、ただサイレンサー、スペアタイヤハウス、ダッシュボードフロアとフロアフレームの境目付近等に擦り傷があった。

(八) 本件実況見分の際、立会人仲道愛蔵(本件事故〈2〉発生時、事故現場から約二〇〇メートル離れた北方の彦山川土手にいた者)は、英彦山方面からただ一台で右側通行してきた白色乗用車が、蛇行して彦山川に逸脱し、一回転して落下し、更に空中に浮き、この時人が車から飛び出し、車は橋のたもとに、運転手は橋の上を飛び越えて落下した旨の指示説明をした(甲第一六号証の1、第一九号証)。

なお、自動車の乗員の車外放出事故については、高速道路上の事故で車両から乗員が放出され、放出地点から約二〇メートル以上飛ばされた事例が報告されている(乙第七号証の1、2)。

また、別紙図面二記載の第二取付道路上のコンクリートには、ほぼ別紙図面二の〈15〉地点と符合する場所に破損があった(乙第一七号証、証人小笠原武仁)。

(九) 本件事故〈2〉の調査結果、検証の結果、特に本件車両〈2〉の破損状況、事故現場の状況等の事実関係を総合した被告側の技術者の事故解析は、概ね次のとおりである(乙第一三号証の5、第一五ないし第一八、第二〇号証、第二六号証の1、2、第二七号証の1、第二八号証、証人小笠原武仁)。

(1) 本件車両〈2〉は、英彦山方面から大任町方面に向かって県道八女香春線を走行し、別紙図面二の〈1〉の地点から、曲率半径約二〇〇メートルの右前輪によるコーナリング痕を道路に残すほどの高速(時速一二〇キロメートル以上)で、ややセンターラインを対向車線側にはみ出してカーブに進入した。

(2) 亡友和は、センターラインをはみ出してカーブに進入したため、それを修正すべく、別紙図面二〈2〉の地点でハンドルを左に切ったが、同図面〈3〉ないし〈5〉の地点で道路左側の路肩に脱輪しそうになり、右へ急ハンドルを切った。

(3) 本件車両〈2〉は、道路左側への脱輪を避けたものの、高速で右へ急ハンドルを切ったため、別紙図面二〈7〉の付近から横滑りを開始し、同図面〈7〉ないし〈13〉の地点まで、時計回りにスピンして横滑りし、その際、左前輪と左後輪によるタイヤ痕を道路上に残し、かつ横滑りしたことによって減速して行った。

(4) 本件車両〈2〉は、別紙図面二〈13〉の地点で、時速約七三キロメートルで駐車禁止標識のポールをなぎ倒しながら、道路右側に離脱した。

この時、本件車両〈1〉の左後輪付近の左側面がポールに衝突したため、ポールの上部の標識部分がだるま落としの原理で元の位置に残ろうとして、ポールがコの字型に曲がった。

(5) 本件車両〈2〉は、別紙図面二〈14〉の地点で、車体を後ろ向きにした状態で彦山川の河原方向に飛び出すと同時に、車体の重心が車両前部にあること、標識のポールをなぎ倒しながらタイヤで乗り越えていく過程で車両前部が下向きの回転力を受けたことから、車体前方をやや下にした姿勢で落下し、同図面〈15〉地点で、県道から四メートル以上下の取付道路に車両右前部、右後部の順で衝突し、その際、運転席側窓ガラスが全部割れた。

右衝突により、本件車両〈2〉が車両の前後中心線を回転軸とする車両の前方から見て右回りの回転力を与えられ、別紙図面二記載〈16〉から〈18〉の地点にかけて、「とんとん橋」方向への慣性力を受けて飛びながら、右回りに一回転したところ、右〈16〉地点付近で、右回転力により生じた遠心力によって、運転席の亡友和が割れた運転席側窓から車外に放出された。

(6) 本件車両〈2〉は、別紙図面二〈19〉地点手前で車両前部を南方に向けて着地し、河原上を慣性力で若干動いて「とんとん橋」の橋脚にリアパネルの左寄り部分を衝突させ、その反動で幾分時計回りに向きを変え、橋下に潜り込む形で停止した。

一方、車外に放出された亡友和は、車両の回転による遠心力と車両の「とんとん橋」方向への慣性力との合力により、「とんとん橋」の上を飛び越え、車両の停止位置から約一一メートル北東の地点の河原上に転落した。

(一〇) 本件車両〈2〉は、以下の装置をそれぞれ搭載していた(甲第七号証の1、2、第三〇、第三一号証)。

(1) ALB(アンチロックブレーキシステム)

滑りやすい路面等での急制動時に、コンピューター制御によって車輪のロックを防止し、制動力を維持しながら車体の安定性とハンドリングによる操舵性を保つ装置

(2) 4WS(四輪操舵システム)

ハンドル操舵角に応じて、後輪をも操舵し、タイヤの方向を変化させる操舵システムであり、一般的にハンドル操舵角の小さい高速走行時には、後輪を前輪と同方向に操舵することで、車体の向きの変化を抑え、レーンチェンジやコーナリングをスムーズにし、一般的にハンドル操舵角の大きい低速走行時には、後輪を前輪と逆方向に操舵することで、最小回転半径・内輪差を小さくし、車庫入れや急展開等を容易にするように設定する装置

2  以上認定した事実を前提として、本件事故〈2〉の原因及び右事故に関する被告の過失について検討する。

(一) 自動定速走行装置の暇疵について

(1) 前記1の(一)の事実によれば、本件事故〈2〉発生の際、別紙図面二記載の一条痕(コーナリング痕)の地点で本件車両〈2〉が時速一二〇キロメートル以上のスピードで走行していたことが認められるところ、原告らは、別紙図面四記載の三叉路付近で、大光運輸の保有する無線ポール、ダンプカーのCB無線による電磁波の影響により、本件車両〈2〉の自動定速走行装置に異常が発生し、エンジンの回転数が異常に上昇して本件車両〈2〉が暴走を始めた旨主張する。

(2) そして、原告らは、右主張に沿う証拠として、右三叉路付近の路面上に、左折して県道に入った乗用車によるものと思われる二条のスリップ痕があった旨の中村恭宏、森山隆俊の各供述録取書(甲第二〇、第二一号証)を提出し、原告二宮馬治もこれに沿う供述をするが、通常時においても右三叉路付近には同様のタイヤ痕が多数存在すること(甲第一八号証)からすると、右二条のスリップ痕が本件車両〈2〉により刻印されたものと直ちに認めることは困難である上、仮にそうであったとしても、右事実によっては、本件車両〈2〉が高速で右三叉路を左折した事実を認め得るにとどまり、この事実は、亡友和が高速無謀運転をしていたとの被告主張とも符合する事実であり、右証拠によっては原告らの主張を根拠付けることはできない。

そして、このことは、県道上に長いスリップ痕があったとの原告二宮馬治の供述部分及び供述記載部分(甲第四四号証)についても同様にいえることである。

(3)ア 証人高岡章雄は、原告らの主張する本件事故〈2〉の経過、事故原因に沿う事故解析を行った者であるところ、同証人の陳述(甲第三七、第五一号証)、証言の概要は別紙「証人高岡章雄の意見・証言」記載のとおりであり、要するに、本件車両〈2〉は川原に落下後「とんとん橋」まで滑走していき、右前部を同橋脚に衝突させたが、同車両の衝突時の減速状況を解析すると、同車両の落下時の速度でもって「とんとん橋」まで到達した上、右前部の変形を生じさせるに足りる速度を維持していたとは考えられないから、本件車両〈2〉は川原に落下後暴走していたというものである。

イ しかしながら、同別紙に記載のとおり、その意見・証言が、一条痕形成時の本件車両〈2〉の速度、県道上の同車両の回転方向、県道逸脱時の速度、駐車禁止標識との衝突の際の衝突部位とその後の車両の挙動、河原上への車両の落下態様、車両のリアバンパー・リアパネルの変形の原因等、本件事故〈2〉の事故解析にとって重要な諸点について、多くの変遷を重ねていることからすると、同証人の事故解析能力・適性について疑問があり、したがって、その事故解析結果を直ちに採用することは困難である。

ウ その上、その解析結果をみても、本件車両〈2〉が川原に落下後「とんとん橋」まで滑走していったとする点は、前記1(八)で認定した本件実況見分における立会人の指示説明(本件車両〈2〉が川原に落下後、空中に浮き、「とんとん橋」のたもとに落下したとの指示説明)と異なるとともに、前記1(七)(6)で認定した車両下部のアンダーコートの変形状況(川原を一九メートルも滑走したほどの擦り傷が付いていないこと)と符合せず、本件車両〈2〉の右前部を橋脚に衝突させたとする点は、前記1(七)(1)で認定した車両前部の変形状況(右下からの力によって生じたとみられる変形状況)と符合しないものである。

なお、三好定義の供述録取書(甲第一九号証)には、本件車両〈2〉が川原に落下後「とんとん橋」まで滑走していったとする高岡章雄証人の解析結果に沿うかの如き供述記載部分が存するが、同供述記載内容を三好定義から聞いたことはないとの原告二宮馬治の供述(一二九項)に照らして、同供述記載部分は採用できない。

また、証人高岡章雄は、本件車両〈2〉のサスペンションタワーが内側に倒れ込んで、マスターシリンダーに干渉してマスターシリンダーが破損していることを、同車両の右前部から橋脚に衝突したことの根拠として挙げるが、前記1(七)(1)で認定した同車両右前部の変形状況からすれば、車両下部からの衝突の衝撃力によっても右のような破損状況は生じる可能性があり、右意見のように断定することはできない。

エ このように、証人高岡章雄の解析結果の中核部分は客観的証拠に符合しないものであるが、その他の解析部分においても多くの問題点がある。そのいくつかを指摘すると、次のとおりである。

同証人は、県道上の二条のスリップ痕による速度減少分を算定しているが、その算定には、スリップ痕の同一路面上で車両が停止する場合の算定式を、スリップ終了時においてなお車両が速度を有する本件事故〈2〉のケースに適用した誤りがある(弁論の全趣旨)。

また、同証人は、駐車禁止標識のポールは標識部分の質量が小さいので、右ポールへの衝突によってだるま落とし現象は起こり得ないとし、かつ標識への衝突によって本件車両〈2〉が時計回りから反時計回りへ回転方向を変え、「とんとん橋」に車両前部を向ける姿勢で転落したとするが、上部に標識等の重りのないポールでも時速七〇キロメートル以上の速度で衝突すればだるま落としによって本件と同様なポールの変形を生じること(乙第二〇号証)及び同証人の証言によっても、本件ポールの剛性は低いと認められるので、これへの衝突によって本件車両〈2〉の回転方向が変わるとは考えにくい(甲第六二号証によっても同疑問を払拭するには十分でない。)ことに照らし、右解析結果も疑問である。

さらに、同証人は、本件車両の右前部が「とんとん橋」の第一橋脚に衝突して車両後部が若干持ち上がって反時計回りに回転したが、第一橋脚への衝突の際に亡友和が運転席側ドア内側に衝突した力と慣性力でドアのラッチが解除されてドアが開き、運転者の重心位置と車両後部が持ち上げられる力、衝突前の慣性力が作用して、亡友和が「とんとん橋」の上を飛び越した可能性があると証言している。しかし、衝突の衝撃でドアが開いたとする点は後記(二)(3)で認定判断するところに反しており、亡友和の車外放出の点についても、同証人の証言及び原告らの提出する証拠(甲第四七号証、第四八号証の1、2、第五五号証の1)のみによっては、右のような放物線状に運転者を放出させるような鉛直方向への力が発生するとは認めるに足りず、右解析結果も首肯できない。

オ したがって、本件事故〈2〉の事故解析に関する証人高岡章雄の陳述(甲第三七、第五一号証)・証言を採用することはできない。

(4) その他、原告らの前記主張事実を窺わせるに足りる証拠はない。

そして、そもそも、本件全証拠によるも、本件事故〈2〉発生の際に本件車両〈2〉が自動定速走行装置をセットした状態で走行していた事実を認めるに足りる証拠もない。

かえって、原告らが主張するように、本件車両〈2〉が中元寺方面から走行してきて、県道との三叉路を左折し、本件事故現場に至ったというのであるなら、当初自動定速走行装置がセットされていたとしても、右三叉路手前の鉄道踏切における一時停止の際、自動定速走行装置のブレーキ時あるいは低速時のキャンセル機能(乙第四号証)が働き、大光運輸の建物と駐車場の横を通過した時点では、自動定速走行装置はセットされていない状態であったものと認められる。

その上、仮に本件事故〈2〉の際に自動定速走行装置がセットされていたとして、前記1の(五)、(六)の事実によれば、事故後の走行調査の結果によっても、本件車両〈2〉の自動定速走行装置のセット機能、ブレーキ時のキャンセル機能等には何らの異常が認められなかったのであり、また大光運輸のCB無線の最大出力に照らすと、その電磁波が通常の電波雑音環境以上の影響を車載電子機器に与えるものであったとは認められず、右認定したところによれば、本件車両〈2〉が、右無線の電磁波の影響で自動定速走行装置に異常が発生し、エンジンの回転数の異常な上昇によって暴走し始めたとの原告らの主張を認めることはできない。

(5) 以上、いずれの点からしても、自動定速走行装置の瑕疵に関する原告らの主張は理由がない。

もっとも、本件事故〈2〉に関する前記1(九)の被告側技術者の事故解析の結果については、証人高岡章雄が指摘するとおり、本件車両〈2〉の運転席側ドアのへこみ及び左前部の変形が生じた原因について明らかではなく、また、大分大学教育学部助教授藤井弘也の意見書(甲第五五号証の1、第六二号証)において指摘するように、取付道路に本件車両〈2〉の右前部がまず衝突し、車体の塑性変形によって大きく減速し、タイヤやサスペンション等の弾性力による跳ね返りの力が小さくなるはずであるにもかかわらず、取付道路からの跳ね上がり方が大きいなど、いくつかの疑問点が存するが、前記1の(一)ないし(四)、(六)ないし(八)で認定した事実、特に本件車両〈2〉の破損状況、タイヤ痕や取付道路の破損状況等の事故発生現場及びその周辺の状況、本件実況見分における立会人の指示説明内容などと概ね合致しており、少なくとも本件車両〈2〉の走行経路及び路外逸脱地点から停止地点に至るまでの挙動、亡友和の車外放出の地点と経路等については、一応の合理性があるものと認めることができる。

(二) ALB、4WS、運転席側ドアの瑕疵について

(1) 原告らはALBの故障を基礎付ける主張として、別紙図面二記載の一条痕及び二条痕がブレーキ痕である旨を主張するが、前記1の(六)で認定した事実によれば、本件車両〈2〉にブレーキの片効き等の瑕疵がないものと認められ、ブレーキが正常に機能していれば二条痕となること(乙第一六号証)、右一条痕が約二二メートルの距離にわたって一定の方向を保っていることなどに照らし、右一条痕はブレーキ痕とは認められず、コーナリング痕であると認められる。また、右二条痕の間隔と本件車両〈2〉のトレッド(左右の前輪又は後輪の間の間隔、約一・四八メートル、甲第三〇号証)が符合しないことに照らし、右二条痕もブレーキ痕とは認められず、本件車両〈2〉が時計回りの方向にスピンしながら横滑りした際に刻されたものであると認められる。

したがって、いずれのタイヤ痕からも、ALBが故障し、本件車両〈2〉の後輪がブレーキによってロックされたことを認めることはできず、他に本件車両〈2〉のALBに故障があったことを認めるに足りる証拠はない。

(2) 4WSについては、前記1の(一)、(一〇)で認定した事実によれば、本件車両〈2〉は県道八女香春線を時速約一二〇キロメートル以上の高速で走行していたものであり、4WSの特性からすれば、このような高速走行時に後輪を操舵することによって車体の向きの変化が抑えられ、コーナリング等がスムーズになるものであるところ、本件全証拠によるも、亡友和が、後輪が前輪と逆方向を向くほど大きくハンドルを切り、そのため本件車両〈2〉のコンクリントロールを失ったことを認めるに足りる証拠はなく、また4WSでなければ車両が安定性を保ち、道路逸脱を回避することができたことを認めるに足りる証拠もない。

また、原告らは、4WSに故障があったと主張し、その根拠として、本件車両〈2〉がコーナリング痕を道路に刻印した後スピンしたことを挙げるが、前記1(九)掲記の証拠によれば、同(九)の(1)ないし(3)のとおり、時速一二〇キロメートル以上の高速運転をしたならば、コーナリング痕を道路に刻印した上でスピンするものと認められるので、これらの事実から4WSが故障していたと認めることはできず、他に本件車両〈2〉の4WSに故障があったことを認めるに足りる証拠はない。

(3) 運転席側ドアについては、前記1の(七)、(八)で認定した事実によれば、亡友和は本件事故〈2〉発生時、シートベルトを着用していなかったため、車外に放出されたものと認められるところ、事故後においても本件車両〈2〉の運転席側ドアのラッチ、ロッドに変形がなかったこと、ドアのラッチが閉じた状態ではドアロックのロッドが動かなかったことに照らすと、亡友和の車外放出時に運転席側ドアが開いたことまでは認められず、むしろ前記認定した事実、特に本件車両〈2〉の右前部の変形、運転席側窓ガラスの破損状況、本件実況見分時の立会人の指示説明内容などに照らすと、被告側技術者の事故解析のとおり、別紙図面二の〈15〉付近で割れた運転席側窓から同図面〈16〉付近で放出された可能性が強いというべきである(なお、事故後、亡友和の遺体にガラス等の附着又は刺入はなかった(甲第三二号証の2)が、放出時には既にガラスが割れていたとすれば、ガラス等が体に付着しないことも当然肯けるところである。)。

(4) よって、ALB、4WS、運転席側ドアの瑕疵に関する原告らの主張も理由がない。

(三) 以上によれば、本件車両〈2〉には原告らの主張する構造上の欠陥があったものとは認められず、本件事故〈2〉は、亡友和の高速運転によって発生したものと認められる。

三  なお、原告らは本件車両〈1〉、同〈2〉と同車種のオートマチック車について暴走事故の報告が全国で相次いでいたにもかかわらず、右各車両を販売した点で過失がある旨主張するが、前記認定判断したとおり、本件車両〈1〉、同〈2〉について構造上の欠陥を認めることができない以上、オートマチック車一般について暴走事故の報告がされていたことのみをもって、本件車両〈1〉、同〈2〉の販売について被告に過失があったということはできず、主張自体失当である。

また、原告らは、本件車両〈1〉、〈2〉の構造上の欠陥についての主張、立証責任について、利用者の利用方法が社会通念上合理的と解される利用の範囲内であることを前提として、社会通念上当該製品に欠陥がなければ起こらないような事故である場合には、製造上の欠陥が推定される旨主張するが、前記認定したとおり、本件事故〈1〉の原因は原告小谷のアクセルペダルとブレーキペダルの踏み間違いの誤操作、本件事故〈2〉の原因は亡友和の県道上での高速運転によるものであり、原告小谷、亡友和の運転行為はいずれも社会通念上合理的と解される利用の範囲を逸脱するものであるから、原告らの主張はその前提において失当である。

四  結論

よって、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 一志泰滋 山口信恭 大西達夫)

車両目録

一 本件車両〈1〉

ホンダアコード四ドアセダン

自動車登録番号 大分五七つ一五九四

初度登録年月 一九八八年四月

原告の登録日 一九八八年四月二一日

車名・型式 ホンダE-CA五

車台番号 CA五-一〇一四三九四

原動機の型式 A二〇A

長さ・幅・高さ 四五六センチ、一六九センチ、一三五センチ

二 本件車両〈2〉

ホンダプレリュードXX二ドア

自動車登録番号 北九州五六め二四二四

初度登録年月 一九八七年八月

被害者の登録日 一九八八年三月三一日

車名・型式 ホンダE-BA五

車台番号 BA五-一〇二一七五三

原動機の型式 B二〇A

長さ・幅・高さ 四四六センチ、一六九センチ、一二九センチ

別紙図面一

異走発生時の車両位置と想像走行軌跡

別紙図面二

別紙図面三

別紙図面四

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例